特に面白かったのが「忍者龍剣伝」の回らしく、是非自分でもプレイしたいと熱く語ってくれたのですが…


…悪い事は言わないから、止めておいたほうがいいと思いました。
ファミコン版の忍者龍剣伝がグラフィック・サウンド・プログラム技術・ゲームバランス共に極めて高い次元で融合している傑作ソフトというのが世間一般に浸透するのはいいのですが、あの凶悪すぎる難易度のほうが広く認知されてしまったのは失笑モノでしたけどね。


わたくしも当時6面の「死んだら最初からやり直しね」というループ地獄にブチ切れてカセットを本体から引き抜いて、床に叩き付けたという黒い思い出の方が大半を占めております。
さて、ファミコン版忍者龍剣伝の発売された1988年に、ひっそりとアーケード版も発売されておりましたが、これをゲームセンターで見かけた時の衝撃は凄いものがありました。




もちろん悪い意味で。
洗練されたデザインとストーリーで人気を掴んだファミコン版に比べて、アーケード版の毒々しくも異様な迫力に満ち満ちた不気味テイスト満載のグラフィックは近寄りがたい毒オーラを撒き散らしており、先端にボタンの付いたヘンテコなレバーと、各ボタンに貼られた「闘え」「跳べ」「握れ」という命令口調のシールの存在も近寄りがたさに拍車をかけておりました。
1984年「スターフォース」1985年「ワールドカップ」1986年「アルゴスの戦士」「ソロモンの鍵」と毎年大ヒットゲームを出して一躍人気メーカーに上り詰めたテクモから出た作品とは到底思えず、当時のプレイヤーからは「この不気味なクソゲー、どこのカネコから発売されたんだ」という失礼な評価が大半を占めており、専門誌のゲーメストでも投げやりな紹介記事が書かれる程度という扱いでした。
いやまあ、1988年にカネコから実際に「歌舞伎Z」という残虐アクションゲームが出ていたので、当たらずとも遠からずという感じなのですが。


いざプレイしてみると、敵ザコに攻撃を1発でも喰らうと連続攻撃のフィニッシュまでキッチリ叩き込まれる鬱陶しさと主人公リュウ・ハヤブサ余りの弱さばかりが目立っておりましたが、本作の肝は「首切り投げ」の存在が重要なファクターを占めており、首切り投げを使いこなして投げ飛ばされた敵を看板や木箱に投げつける「ぶちかまし投げ」を駆使する事により体力回復アイテムや1upアイテムを自在に出現出来るレベルまでプレイヤーが熟練すると、その奥深いゲーム性に心酔するようになりました。

さすがは「ゲーム開発者になるかプロレスラーになるかしか将来の道は無かった」という逸話を残した名物開発者「ストロング島」氏の作品ですね。(スターフォース・アルゴスの戦士も氏の作品)

しかし、アーケード版が結果的にヒットしなかった原因は画面から臭い立つ「外人から見た間違った日本観」と


「終末論を基調とした不気味な世界観」がゴッタ煮になった薄気味悪さ



だと思いますが、いかがでしょうか。特にコンティニュー画面で拘束されて電動丸ノコの餌食になろうとするシーンと、ネーミング画面で看板の割れ目からギョロギョロ覗く血走った眼のシーンは、子供が見たら一生モノのトラウマになる事必至です。


さすがにここまで徹底されるとシャレになっていません。
とりあえず、エンディングで横柄にふんぞり返るリュウ・ハヤブサさんはどう考えても「龍の一族」の末裔なんかじゃなく邪鬼王そのものだと思いました。

さて、ここからは余談になりますが大味なゲーム性・野蛮で不気味な世界観であっても、ギリギリ商業ベースの範疇で収まっていたアーケード版忍者龍剣伝ですが、翌年の1989年に発売された「ワイルドファング」は、どっちも商業ベースの範囲を大幅に逸脱する大問題作になってしまいました。(企画・ストロング島、サウンド・メタルユーキという忍者龍剣伝と同じスタッフというのがまた痛い)

村人がモンスターに腕を引きちぎられながら頭から食べられたり、女性が顔面にナイフを突き立てられたりするグログロしい集客デモや、


獣人のザコが生首を噛み千切られたり頭を叩き潰されたりする

悪趣味で残虐な演出と崩壊しまくったゲームバランスは、テクモの地位を落ちる所まで落としてしまった感があり、1996年の「デッドオアアライブ」の大ヒットまで経営危機が続いてしまったほどです。
そんな苦難の時代を乗り越えて、PS3で発売された「NINJA GAIDEN Σ」も全世界で50万本オーバーのヒットを飛ばす程の売り上げを記録しました。
そんな栄光の影で元ゲームのヒットとは裏腹にボロボロの評価を喰らって黒歴史扱いになったPS2版「アルゴスの戦士」の事も、たまには思い出して…下さらなくて結構です。
本当にありがとうございました。


