こんなイカれた後ろ向きブログを取り上げて頂き、誠にありがとうございます。
ていうか、わたくし、ビビッて泣きそうです。
ダンゴ虫に太陽の光はまぶし過ぎるというか。
さて、今回のテーマはわたくしのゲーム遍歴についてちょっぴり触れてみたいと思います。
1980年代前半に湧き上がったマイコンブームは、現在に至るまでコンピューターに全く興味の無いウチの親父ですら本体購入に踏み切ってしまうほどの熱気に溢れていたものでした。
今のパソコンの性能をスポーツカーに例えるとするならば当時のマイコンの性能はぶっちゃけ三輪車みたいなもので、現在の常識では考えられない不便さに溢れていたものでした。
windowsみたいな共通OSなんて便利なものは存在せず、製造メーカーによって互換性が無いのは当たり前・同じメーカーのマイコンでも型番が違えば動作しないなんていうのもザラでした。
当時NECのPCシリーズ・富士通のFMシリーズ・シャープのMZシリーズが熾烈なシェア争いを繰り広げる中、うっかり日立のベーシックマスターJrやカシオのFP-1100、松下電器のJR-200みたいな(結果的に)マイナーマシンを買ってしまったが最後、何をするにも自分でプログラムを組む以外に道は無いという茨のサバイバル道が待っていたものでした。

そして当時ウチの親父が購入したのはシャープのMZ-2000。付属のモニターで表示出来る色は緑一色という目に優しい仕様ですが、定価21万8000円というのは懐に厳しい仕様でした。

そしてそんな高額出費とは裏腹に、わずか1ヶ月で床の間の飾りになってしまうという使い捨てぶりにブチ切れたのはウチの母親で、これを機に我が家ではゲーム・コンピューターに関する買い物は基本的に不可という掟が出来てしまい、ファミコンブーム真っ只中からスーファミ初期まで購入許可が下りる事はありませんでした。
そして微妙にマイナーマシンのMZ-2000は市販ソフトの数も少なく、わびしいゲームライフを救ってくれたのは「ハドソンソフト・ミソラーメングループ」のゲーム群でした。
そうです、「ボンバーマン」「高橋名人の冒険島」「桃太郎電鉄シリーズ」等で有名な、あのハドソンです。


「新・電子立国」という番組の中でも語られておりますが、ゲームソフトが死ぬほど少ない時代に「個人で作ったゲームが飛ぶように売れた」というだけあって、その粗製濫造っぷりは現在のゲームとは比較にならないレベルでして、むしろそれが今となっては逆の意味で面白いという例えるならば「ゲーム業界のチャージマン研!」みたいなものでしょうか。



ゲームアイデアも
「彼女と一緒に授業をサボれ!留年なんぞ知った事か!」という内容の「エスケープ大作戦」なんてのは可愛いものでして、



「空からコウノトリが落っことす赤ちゃんを地上でキャッチ!悪魔の赤ちゃんは地面に落とせ!」という内容の「キャッチベビー」

「英単語に答えて死刑囚を救え!一定数間違ったらその場で死刑執行ね」という内容の「ハングマン」

「貴方は病院経営者。患者を生かさず殺さずで利益を上げろ!給料をケチるとブス看護婦だらけになるぞ!」という内容の「医は算術なり」
等々、斬新かつ不謹慎なゲーム達は規制で雁字搦めになった現在では発売出来ない事請け合いです。

けだし名言
最近とみに思うんですけど、わたくしのひねくれたゲーム嗜好は、主にこの時期に養われた気がしてなりません。
wiiのバーチャルコンソールでレトロゲームブームが再燃しそうな今日この頃、どこか酔狂なメーカーがこれらの不謹慎ゲームをリメイクしてくれませんかねえ。
まあ、任天堂が許可する訳ないんですけど。


